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「オクトーバーフェスト―収穫祭―」

 作者:夏目みい子



 暴徒の凶弾によりご主人を亡くされて以来、奥さまはすっかり御心を閉ざし
になり、人里離れた邸宅にこもりがちになってしまわれました。生活の糧は邸
宅の南に広がる荘園で得ていたものでしたが、相当数の領民どもらが出て行っ
てしまったため、そこは荒れるに任せた状態になってしまいました。
 しかし長年爺やを務めてきた私に、奥さまをお見捨て申しあげることなど出
来ませぬ。
 私は早くから荘園をあきらめ、はずれの、領民どもが残した耕地にまで毎日
出向きました。そして慣れぬ手つきながら草むしりやら水やりやらにいそしみ、
なけなしの収穫を持ち帰っていたものでございます。
「おや。今宵は、デザートがあるのですか」
 口をぬぐいかけた奥さまに、私は恭しく給仕を続けました。
「梨でございます。来月には葡萄、落花生も収穫の時期を迎えますし、もう少
し涼しくなれば、里芋や蕪も食べごろになるでしょう」
 何気なく付け加えた言葉に、奥さまの顔は、ぱああ、と反応なさいました。
「おやおや。想像しただけで、体が蕩けてしまいそう」
 奥さまは匂やかに微笑まれました。
「今年の暑さは存分に堪えましたが、やはり季節は巡るのですね」
「さようでございます」
「ねえ、爺や。久々に……そうね、十年ぶりに私、荘園を見回ってみようかし
ら」
 言葉に詰まりました。秋の味覚が目当てとはいえ、奥様がやっとお出歩きな
さる気になられた。しかし荘園の状態をごらんになったら、どれほど落胆なさ
ることか。
「おや、爺や。返事はないの。おほほ。おっと、私がそなたを爺や呼ばわりす
る資格など無いわね。もうお婆さんですもの。世間に老醜をさらすなどとんで
もない、と爺やは苦々しく思っているのでしょう」
「何をおっしゃいます」
 亡きご主人との間に生まれたお子様方はとうの昔に独立され、孫に当たる方
もお出来になると聞きます。ですが、私が拝見申しあげる奥さまは、到底孫を
持つことになる御方とは思えないほど若々しく、その御髪は未だに黒くつやつ
やとなさっておいでです。
 私は思わず手を伸ばしかけました。が節くれしなびた己が指が目に入るや否
や、現実に引き戻され、あわててゴホン、と咳払いをいたし、誤魔化したので
ございました。高貴な奥さまは、所詮、私なぞとは生まれが違うお方です。よ
こしまな思いなど、封じるしかないのです。
 そうだ。荘園の実情を、その御目で確かめなされば、かえって前に踏み出さ
れる勇気をお持ちになるのではないか。残された耕地を生かしていきましょう、
と決断なされるかもしれないし。
 私は覚悟を決め、奥さまのお供をすることに致しました。
 柔らかい秋の光を感じつつ歩を進めると、涼やかな風が、紅をさしはじめた
木々の間を吹き抜けてきました。
 しかし荘園は、惨憺たるものでございました。収穫と呼べるものはなく、ひ
ょろひょろと下草が生えているのみです。ここ数年、人の手が加わっていない
周辺の木々は高く深く生い茂り、光を遮断し続けております。
「ここの収穫と言ったら……昔はこの場所に来るたび、わくわくしたものよ。
でも仕方ありませんね」
「全くもって嘆かわしい。あやつらは、亡きご主人様や奥さまに対する尊敬の
念を失ってしまったのでしょうか、下賤な民の分際で」
「爺や、言葉が過ぎます。神はわれわれも民も平等に作りたもうたのですよ」
「申し訳ございません」
 頭を下げたものの、私は内心、不服でございました。ご主人の生前は、それ
でも荘園を整えに来る者に事欠かなかったというのに。奥さまを軽々しく扱う
気まぐれな民の事など、全くかばう気になりませぬ。
「民は主人のことを、すっかり忘れてしまっているのでしょう。せめて、私と
爺やが覚えていて差し上げましょうね」
 奥さまは憂いを帯びた目で、わずか数世帯が残る領民の集落の方を見やりま
した。
 風は勢いを強めたかと思うと、急に動きを止めました。私は背中にふと異質
の気を感じ、振り返りました。
 目線の先に、人影がありました。私は思わず、奥さま、と叫んだのですが。
 頭に葉をつけ茂みから這い出てきたその卑しい男は、素早く銃を構えたので
す。
 静かな森を切り裂く、乾いた音が響きました……。



 銃をおろした男は、口を引き結んだまま用心深く獲物を見下ろした。
「……畑を荒らし続けたと思われる熊が、猟友会のご協力により、先ほど退治
されました。里山の手入れが行き届かなくなったことにより、野生動物は食料
を求め人里まで降りて来ざるを得ない、そうした状況のほうが問題だ、とする
専門家の意見もあります。が」
 待機していたテレビクルーのリポーターは、頭から血を流し微動だにせぬツ
キノワグマをバックにそそくさと陣取り、さらに気の利いたセリフを吐こうと、
軽く息を吸い込みかけた。が、突如、言葉にならぬ鋭い悲鳴を上げた。
 赤黒い顔を凶暴にゆがめた老猿が、森の中からはじかれたように飛び出して
きたのだ。
 きわめて冷静に、男は猟銃を構え直した。




★サイトー評

 擬人法を見事に使いこなしています。完成度も高いです。文章も簡潔で好感
が持てますし、最後に老猿が飛び出るシーンも秀抜です。惜しいのが2点ほど。
1点目は爺が草むしりや水やりをしているシーン。結末から考えると、爺が畑
の手入れをするのはおかしいです。2点目は、夫人が高貴な生まれという設定
が反映されていないところ。最後のシーンで猟師がクマの死体の前で「クマは
山の神様だといわれていた時代もあったのになあ」とか呟かせれば、もう完璧
だと思います。
 擬人化の対象を増やすのは簡単ですが、必然性をもって対象を増やすのはな
かなか難しいことです。それを見事に成し遂げた夏目みい子さんの技術に感服
です。これからもショートショートを書き続けてください!

★ぴこ山ぴこ蔵評

 正直に告白しますが、今回の大会、オチで驚いたのはこの作品だけでした。
爺と奥様の時代がかった会話も素敵でございました。こういうたくらみの深い
密度の高い作品を堪能するたびに思うのですが、ショートショートってつくづ
く「いたずら心」が大事ですよね。最初にまず読者がびっくりする顔を思い浮
かべてニヒヒと笑い、最後の一行まで読者を驚かせることに集中する。「物書
きは性格が悪い」とよく言われますが(笑)なるほど少しネジクレていないと
このプチダークな歓びは見出せないのでありましょうな。意地悪なオチは大人
の愉悦であります。ただし、性格が悪いというだけでは意地悪なオチは作れま
せん。夏目さんのような客観的な視点を持たないと到達できないのがこの苦味
なのです。



「秋刀魚と俺と、結婚生活」 

 作者:みるく


 日の落ちたニュータウンに、浮かび上がる一軒家。
 窓から漏れるわずかな光と夕餉の匂いが、疲れ切った俺へのなによりの褒美
だ。
「おかえりなさい」
 俺を迎えてくれたのは、嫁の笑顔と食卓を彩る料理。匂いで予想はついてい
たが、今日は秋刀魚だ。その隣に、栗ご飯と筑前煮が湯気を立てて並んでいる。
 俺はまたひとまわり大きくなった体を椅子に乗せ、いそいそと料理にありつ
く。
 まずは、好物の秋刀魚を一口。箸を刺した瞬間に、上物だと分かった。
 と――俺は異変を感じた。
 味が、しない。
 確かめるように、もう一口。口内に脂が広がっていくのを感じる。だが……。
 慌てて、俺は栗ご飯に手を出した。
 苦い。舌の先が、ぴりぴり痺れる感じすらする。
 俺は箸を置いた。どういうことだ?
「おいしくない?」
 心配そうに、嫁。
 ちょっと気分が悪くて、と、俺は食事を取りやめた。

 翌日。
 朝食も、昼の愛妻弁当も、ろくに喉を通らなかった。
 味がしないどころか、泥を食べているような感覚。とてもじゃないが、食べ
られなかった。
 認めたくはないが、確信した。俺は、味覚障害だ。
 その上、精神的なものだろうか。昼食以来、腹の調子まで悪くなってきてい
た。これで、胃に負担をかけそうなコーヒーも禁止。俺の友は水だけになった。
 トイレに駆け込み、便座の上で何度も人生を振り返る。40歳にして食の楽し
みを奪われ、どうやって残りの半生を生きてゆこう。
 ろくに仕事ができぬまま、勤務終了時間を迎えた。ふらふらと帰り支度をし
ていると、女性社員が近づいてきた。
「部長、顔色悪いですよ」
 言いながら、デスクにお菓子をひとつ載せる。
「お土産です。よかったら、どうぞ」
 いつもならもらったものは即パクリ。だが、今日ばかりはそうも言っていら
れなかった。
 俺は無言で、それを通勤バッグの中に押し込んだ。
 ふらつく体をなんとか奮い立たせながら、帰路につく。
 帰ったら、嫁に相談しよう。病院に行けば、なんとかなるかもしれない。
 駅構内のベンチに座る。体力はもはや限界に近付いていた。
 隣に座った学生が菓子パンを頬張っていた。季節限定さつま芋味とパッケー
ジに書かれている。
 脳裏に、かつて味わっていた「さつま芋」が蘇ってきた。ほっこり、気持ち
を抑えてくれる味。唾を飲み込んだ。見ないふりをして、気分を紛らわそうと、
通勤バッグにしのばせた小説に手を伸ばす。
 と。その手が、小さな袋に触れた。
 さっきもらった、お土産のお菓子だった。
 無意識に、パッケージの文字を追う。珍しくもない、お土産にありがちなチ
ョコレート菓子だった。
 俺は何かに魅入られたように手を伸ばした。食べたい。お腹がすいた。食べ
たい。
 俺は電光石火のすばやさで、パッケージを破り、口の中へ放りこんだ。
 味わうな! 単なるエネルギー源として注ぎ込め!!
 全身全霊を使って、味覚を麻痺させ、租借し――
 ――え?
 俺は目を見開いた。
 甘い。
 それも、喉が焼けるほど。
 ちょうどその時、快速電車がホームに入ってきた。
 俺は立ちあがるなり、駅構内のキヨスクに駆け込んだ。手当たりしだいに買
い込んで、さきほどのベンチでむさぼった。発車する電車など気にも留めなか
った。
 味が、する!
 どういうことだ? 嫁の作った料理だけがおかしいということか?
 となれば、味覚障害なのは俺ではなく、嫁?
 しかし、料理の味が濃くなるならわかるが――そこまで考えて、俺はまた腹
の様子がおかしくなるのを感じた。しまった、一気に食べ過ぎたか。
 ……待て。待てよ。
 泥の味がする嫁の料理。食べれば痺れる料理。
 そして、調子がおかしい俺の腹。
 まさか――?!

 日の落ちたニュータウンに、浮かび上がる一軒家。
 窓から漏れる光と夕餉の匂いが、疲れ切った俺へのなによりの褒美のはずだ
った。
「おかえりなさい」
 俺を迎えてくれたのは、嫁の笑顔と食卓を彩る料理。今日は、きのこのパス
タだ。
 これも、泥の味がするのだろうか。
 これも、一口ほおばれば舌が痺れるのだろうか。
 俺は死んだ目を嫁に向けた。
 寄り添って十五年。その笑顔の下には、悪魔が潜んでいたのか。
「あなた?」
 俺は食卓にはつかず、台所へ向かった。
 熊のような勢いで、俺は戸棚をひっくり返した。たくさんの調味料の瓶。そ
の中に――ラベルのない、黒い瓶を見つけた。
「殺人者め!」
「ちょっと、なに、突然」
「俺に、毒を盛ったな! 何が目的だ、保険金か」
「やだ、何言ってるの?」
「とぼけるな!」
 詰め寄る俺。
 対照的に、嫁は腹を抱えて笑いだした。
「それ、痩身効果のある漢方薬。料理に混ぜてみたんだけど。苦かったかし
ら?」
 俺は口をあんぐりとあけた。
「結婚してからこっち、あなた太りすぎだもの」
 去年より一回り大きくなったお尻が、ドアにどんとぶつかった。

 漢方の力は絶大だった。
 一ケ月で俺のウエストにはくびれが生まれた。食べれば食べる程痩せる料理、
夢のようじゃないか。
 そして今日も、満面の笑顔としびれる右手で、嫁の手料理を口に運ぶ。


★サイトー評

 全体的にユーモアがあり、楽しんで読ませていただきました。冒頭からオチ
までの流れに滞る部分がありません。優れた構成だと思います。
気になった部分は妻が夫に無断で食事に漢方薬をいれるところ。ここを自然な
シチュエーションにするための工夫があれば、さらにいいかもしれません。い
まのままですと、どうしてもラストに唐突感を覚えてしまいます。妻が夫の太
りすぎを心配しているシーンも伏線で欲しいですね。例えば、妻は料理好きで
夫を痩せさせるためのいろいろな料理を工夫していたことにするなど、シーン
を増やさすに伏線を厚くする方法はいくらでもあります。伏線の張りかたを覚
えると、実力はぐぐっと伸びていきます。
 あと、最後の3行が素直すぎるかな。ここでもう一段のオチがあればいいで
すね。

★ぴこ山ぴこ蔵評

 ショートショートはキレが大事です。とくにセリフのキレにはどれだけ気を
使ってもいいぐらいです。しかし、ただセリフだけをいじってもダメ。特に日
本語のセリフは細かい人間関係を表現できますから、登場人物同士の関係から
しっかりと組み立ててください。例えば「亭主」は気が弱くて妻には逆らわな
いタイプで、逆に「嫁」はもっと無口で高圧的なほうが、ネタばらしのセリフ
が効果的になると思います。そっけない物言いと裏腹の深い優しさが振り幅を
大きくします。また、最後はもっとスパッと終わらせましょう。
>  去年より一回り大きくなったお尻が、ドアにどんとぶつかった。
 この行に続けて、妻の何気ない短い一言で愛情を伝えればいい余韻が残るの
ではないでしょうか。セリフをいじるだけでぐっと完成度の上がる作品です。


「アイスキャンディー」

 作者:藤井ユウ


「お父さん、サチの相手してあげて!」
 母親の雅美が台所から書斎のドアにむかって大声をあげる。父親の達郎はす
ぐに返事をしなかった。食器を洗っているので水道の音で声が届いていないと
思ったのか、もう一度、雅美が声を張る。
「お父さん!聞こえているの?」
「ちょっと待っててー」
 戸の向こう側からくぐもった声が聞こえた。
「もー!何やっているの!」
「はいはい、今行くからさ」
 ようやく、父親の達郎が書斎から出てきた。
「お風呂あがりで、ちょっと暑かったからさ」
 達郎はペロリと舌を出して、雅美の問いに曖昧に応じながら、サチに向かう。
「お待たせ!サチ、何して遊ぼうか?」
「んー、何しようかなー」
 雅美が、台所から会話に口をはさむ。
「今日はサチね、おりこうさんだったんだよ」
 サチは恥ずかしそうに笑う。
「ほら、お父さんにお話してあげなよ」
 雅美が促すとサチは得意げな顔を父親に向けた。
「今日ね、幼稚園のお友達のお家に遊びに行ったの。そしたらね、安奈ちゃん
のお母さんがアイスもってきてくれてね。お友達が5人いて、ソーダ味が4つ
しかなかったの。みんなね『ソーダ味がいい』って言ったからね、サチね『み
んなに食べていいよ』って言ったの」
「へー、アイス食べずに我慢したの?」
 達郎は、サチの頭をなでる。あわてて雅美が続けた。
「違うのよ。子供たちの人数分のアイスキャンディーはあってね。ひとつだけ、
ぶどう味はあったのよ」
「サチ、ぶどう味、好きだもん」
 サチが雅美の話にわりこんで主張する。
「しっかり、ぶどう味のアイスキャンディーは食べたわけ」
「じゃあ、よかったじゃない。好きな味食べれたんでしょ。何がおりこうだっ
たの?」
「本当は皆と一緒にソーダ味が食べたかったのよ。だよねー、サチー」
 サチは、恥ずかしそうに下を向いたまま、小さくうなづいた。
「それでね、お友達のお家からの帰り道に安奈ちゃん親子と帰ってきたらね、
安奈ちゃんのお母さんが『ソーダ味食べれなかったお詫びに』って、途中でア
イスを買ってくれることになったのよ。そしたらサチ、満面の笑顔になって、
ぴゅー、ってコンビニの店内に入っていってさ。『どれでも好きなのいいわ
よ』って言われて、最初、ぶどう味をとったの。そしたら、もう片方の手に
ソーダ味を取ってさ、私の顔見てにやーっと笑ってね。やっぱりソーダ味にす
るって。で、結局、ふたつとも買ってもらったの。もうー、恥ずかしくてさ」
 雅美は言いたいことを話せてすっきりした様子で、再び食器をすすぎはじめ
た。
「それで、冷凍庫にソーダ味とぶどう味のアイスキャンディーがあったわけ
ね」
 水道の音が達郎の言葉をかき消す。
「ソーダ味もぶどう味も両方食べたいもんな」
 達郎は、サチに顔を近づけて、サチの鼻の頭を指先でちょっとふれた。
「お父さんも、サチの気持ちよーく分かるよ。お父さんは、たくさんのソーダ
味の女の人の中で、ひとつだけ輝いていたぶどう味のお母さんを選んだんだ
よ」
「お母さんがぶどう味?」
 サチは首をひねる。意味がわからないと言いたげなサチの仕草にかまわず、
達郎は言葉を続けた。
「ひとつしかなくたって、ぶどう味は美味しい。でも、たまにはみんなと同じ
ソーダ味も食べたくなるよな」
「お父さん!何か言った?」
 洗物が終わった雅美が台所から叫ぶ。
「ソーダ味のアイスキャンディーも、たまに食べるとおいしいって話をサチに
していたの」
「つまらないこと、サチ教えないでね」
 達郎の言葉を聞いたサチは、突然、立ち上がって冷蔵庫めざしてかけだした。
つまさき立ちで冷凍庫をのぞく。
「あー!ソーダ味がない!」
 今度はサチが書斎へ走りだす。
「あー、お父さん!サチのソーダ味食べた!」
 ゴミ箱の中にソーダアイスの空袋を見つけたサチの泣き声が、書斎から響い
てきた。


★サイトー評

 安定感のある文章で、途中のお父さんの言葉に笑いました。オチの意図は理
解できますし面白いですが、オチを生かすなら、より作品の意図に沿うお父さ
んの言い訳がありそうです。いまのままだと、お父さんの言い訳が不倫話みた
いです。娘との会話を増やして、言い訳をさらに苦しくさせて、そこで笑いを
誘うという方法がありそうです。具体的にはお母さんがなぜ葡萄味なのかをお
父さんにこじつけて、だからこそソーダ味を食べたくなると強引に結び付けて
いく。不倫話ではないということを、もう少し明確にできたらいいかもしれま
せん。
 あと、冒頭で「お父さんが冷蔵庫にいた」ことをお母さんに語らせるのもい
いかもしれません。持っていったのはビールと見せかけて……と伏線を厚くす
るのも手ですよ。

★ぴこ山ぴこ蔵評

 ピュアな私はこれを不倫話だと正面から受け止めてしまいました(笑)
 そして、このお父さんの「やっぱり何か隠してるだろあんた」と言いたくな
るようなキャラクターが気に入りました。微妙に孤独な中年男の姿に自分を見
ているのかもしれませんねえ。娘のアイスを食べてしまったお父さんの話とし
て、オチをそのままストレートに捉えてもいいのですが、せっかくこんなに濃
い喩え話をしたわけですから、むしろやっぱりこの人は不倫をしていると考え
たほうが楽しめます。身に覚えのある読者は大人の浮気理論を傾聴しましょ。
 最後に「優しい笑顔を期待して振り向くと、妻は氷よりも冷たい眼差しで夫
を見ていた」的なオチが来ると面白いと思います。



「じいちゃん」 

作者:みこ


 ぼくはじいちゃんと暮らしている。ぼくの両親は交通事故で死んだ。お盆に
じいちゃんちに里帰りし、自宅に戻る途中の出来事だった。ぼくはじいちゃん
ちに泊まっていたので、無事だった。でも、ぼくは父さんたちといっしょに死
にたかった。身体の真ん中にでっかい穴が開いてしまったような気がする。ひ
とりぼっちになったぼくをじいちゃんが引き取ってくれたけど、ぼくは田舎の
生活になかなかなじめなかった。たまに遊びに来るのと、ここで暮らすのは違
う。
 じいちゃんは、ぼくのために一生懸命料理を作ってくれた。けれど、ぼくは
食欲がなくて、少ししか食べられない。じいちゃんはそんなぼくをいっぱい可
愛がってくれて、近くの川で釣りをしたり、カブトムシを捕りに連れて行って
くれた。

 秋になり、田んぼの稲が色づき始める。ぼくたちは、スズメに食べられない
ように案山子を作ることにした。案山子を好きなように作っていいと言われた
ので、仮面ライダーっぽく作ってみた。じいちゃんは、
「それは、イナゴの王様か? イナゴが喜んで集まってくるぞ」と、笑った。
「この案山子をずっとここに立てておくんだ!」と、ぼくは宣言した。
 畑ではイモやナスなどいろいろ採れた。これも夏のあいだ、じいちゃんがせ
っせと世話をしたおかげだ。

 ぼくは夜中に恐ろしいうめき声を聞いて、目が覚めた。じいちゃんが汗を流
して唸っている。
「じいちゃん、どうしたの?」
 じいちゃんが苦しそうに顔を歪めている。ぼくにはどうしたらいいか、わか
らない。涙が勝手に出てきて、大声で泣いた。
「よ、よし坊。せ、先生を・・・呼びに、行ってくれ」
じいちゃんがとぎれとぎれに言った。
 ぼくは真っ暗な道を走って、診療所の先生を呼びに行った。もし、じいちゃ
んがこのまま死んでしまったら、ぼくは一体どうなるんだろう。

 診察が終わったあと、ぼくは先生にお茶を運んだ。じいちゃんの部屋の前ま
できたとき、先生とじいちゃんの会話が聞こえてきた。
「・・・どうだろうか?」
「雪が降るまでだな。残念ながら」
「そうか。あの子にはその時が来たら、話すことにしよう」
(え? 何のことを言ってるの? じいちゃんはそんなに悪いの?)
 ぼくは、ショックのあまりお茶碗を落としてしまった。
(父さん、母さん、ぼくからじいちゃんを取らないで。本当にひとりぼっちに
なってしまうよ)
 ぼくは家の外に飛び出した。
 空を見上げると、星がいっぱい浮かんでいた。その星がじわじわと滲みだし
た。
「おう、よし坊。ここにいたのか。夜風は身体に毒だ。じいちゃんみたいに腹
をこわすぞ」と、先生が言った。
「先生、じいちゃんの命は冬までなの?」
「えっ? 冬まで・・・。はは~ん、さては立ち聞きしたんだな。悪い子だ」
 先生のでっかいゲンコツがぼくの頭の上に落ちた。
「教えてよ。本当なの?」
 先生はしばらく考えていたが、夜空の星を見あげて言った。
「じいちゃんを大事にしてやれ」

 それから、ぼくはじいちゃんに代わって家事をすることにした。急に変った
ぼくをじいちゃんは怪しんだ。
「おい、何を企んでいる。いくらゴマをすっても小学生に携帯電話は買わんぞ。
それにここは田舎だから圏外だ」
(勝手なことを言って。ぼくの気持も知らないで)
 ぼくは、採れたての野菜を使って、じいちゃんの好きな豚汁を毎日作った。
学校の帰りに豚肉を買って帰る。そして、友達と遊ばないで、じいちゃんのそ
ばで宿題をする。じいちゃんがますます怪しみだした。じいちゃんがもうじき
死ぬことをぼくが知らないことになっている。気づかれないようにしろよと、
先生に言われたんだ。男同士の約束だからな。

 じいちゃんの部屋でこうして一緒に寝られるのは、あと何日だろう。寂しく
て毎晩声を殺して泣いた。それなのに、じいちゃんは毎晩雷みたいなイビキを
かいて寝る。ぼくは、睡眠不足のせいか泣いて寝るせいかわからないけど、毎
朝真っ赤な目をしていた。
「よし坊、ニンジンのグラッセとかいうのはもう作るな。目が真っ赤になって
いるぞ。うさぎみたいだ。そのうちに耳が長くなる。これからは、ゴボウとニ
ンジンのきんぴらを作ってくれ」
(目が赤いのはじいちゃんのせいなのに・・・)

 ぼくが頑張ったせいもあるが、じいちゃんが徐々に元気を取り戻し、食欲が
戻った。これはぼくの料理の腕前が上がったってことかなと思って、じいちゃ
んに言ったら、
「さすが、食欲の秋だな。どんなまずいもんでも食える」
「ひどいよ、じいちゃん」
 じいちゃんとぼくはお腹を抱えて笑った。
 突然、じいちゃんが真面目な顔をして言った。
「よし坊、話しておかなくてはいけないことがある」
「いやだ、聞きたくない」
 ぼくは耳をふさいだ。じいちゃんは困った顔をしている。ため息をついてか
ら、庭の向こうに見える田んぼを指差した。そこには、かかしの仮面ライダー
が立っていた。
「雪が降って埋もれてしまうとだめになる。物置小屋に入れておけば来年も使
えるが・・・」



★サイトー評

 応募のメールに「オチているでしょうか」との質問がありましたので、まず
最初にお答えしますと、オチていません(笑)。でも、オチ以外の部分では魅
力に溢れている作品だと思います。ストーリーもさることながら、文章力と人
間描写の巧みさが光ります。
 ということでオチですが、落とすためには"じいちゃんが死にそう"という前
提条件をひっくりかえす必要があります。具体的には"実はおじいちゃんは病
気じゃなかった"というのが代表選手でしょうか。このあたりはいろいろあり
ますので、少し考えて見てください。オチを考えた上で、また冒頭から見直す
と同じ舞台、同じ設定でも、新しい物語が生まれてきますよ。
 ひっくり返すのは物語の核心部分が基本になりますよ。

★ぴこ山ぴこ蔵評

 終わってしまうのは「じいちゃんの命」かと思ったら「案山子の耐用年数」
だったというわけですね。そこがちょっとわかりにくくなっています。
 医者のセリフをさらに磨いて、もっと含みを持たせる必要がありそうです。
案山子を作ることに別の意味を持たせ読者を誘導するのもいいかもしれません。
 あとは冒頭にいかに目立たぬように「案山子」の話を入れられるかですね。
現在のままでは「仮面ライダーの案山子」が印象に残りすぎます。案山子にこ
だわらず「冬を越えられないもの」という発想ならまだ他にぴったりの物があ
るかもしれません。ただ、爺さんと少年と案山子という図柄には和みました。
里山は日本人の原風景なんですね、読んでいてリラックスできました。



「10がつ31にち、きょうは」

 藤川S


「まやは、おばけがみえます」
 ママにいったら、「わかってるから大丈夫」といいました。
「きょうはハロウィンというひよ」
と、ママはいいました。だから、おばけがいてもおかしくないんだって。そう
いうものかぁとおもいました。

 しょうてんがいでは、おばけとかまじょとかのかっこうをしたひとたちが、
パレードをしています。まやもまじょのかっこうです。ほんとはようちえんの
みんなといっしょにパレードにいかなきゃだめなんだけど、ママが、さきにか
えってパパをびっくりさせようといったので、かえりました。

 まいとし、10がつ31にちは、ママがケーキをつくってくれていました。とく
せいのかぼちゃケーキです。ことしもつくってくれるんだぁとおもって、うれ
しくなりました。
 でも、「きょうはまやちゃんがつくるのよ」と、ママはいいました。「まや
つくれないよ」といったら、「ママがおしえてあげるからだいじょうぶ」とい
って、にっこりわらいました。
「まやちゃんはもうじがかけるんだよね。じゃあママのいうとおり、つくりか
たもかいてね。だいだいつたわるひでんのレシピよ」
と、ママはいいました。
 まやはまだじがじょうずにかけないから、ひともじひともじ、いっしょうけ
んめいかきました。
 それから、ケーキもいっしょうけんめいつくりました。ママは、ぜんぜんて
つだってくれませんでした。だから、ときどきまやは、おこったりちょっとな
いたりしてしまいました。
 まえは、ママもすぐおこったりしたけど、きょうはおこりませんでした。こ
まったようなかなしいようなかおで、まやをみていました。

「まやちゃんはパパのことすき?」
「すきだよ」
「じゃあパパがよろこんでるところをそうぞうしてみて」
「うん」
「それをみてまやちゃんはどうおもう?」
「まやもうれしい」
「そう、そのかおよ」
「え?」
「まやちゃんもわらうと、パパもうれしいのよ」
「そっかぁ」
「わらってるとね、みんなもうれしくなるの。ママもうれしいよ。これからも、
ずっとわらっていてね」
「うん」
「じゃぁのこりがんばろう!」
「おー!」

 それから、やっとケーキができました。ママがつくってたみたいにじょうず
じゃなかったけど、がんばりました。まっくろなまじょのふくが、こむぎこと
かで、まっしろになっていました。おそとはもうまっくらです。
 そこへ、パパがかえってきました。「まや!」と、おおきなこえでいいまし
た。
「パレードのとちゅうできゅうにいなくなったって、ようちえんかられんらく
あって、かえってきたんだ!なにやってたんだ!」
と、おこりました。まやはちいさいこえで、「ケーキつくってた。ママと」と
いいました。「えっ」とびっくりしたパパは、ケーキにきづきました。
「これ、まやがひとりでつくったのか?」
「うん。ママがおしえてくれたんだよ」
「なにいってるんだ。ママはせんげつじこで……」
「ほんとだもん!つくりかただっておしえてもらってかいたんだよ」
といって、レシピをかいたかみをパパにみせました。
「これは……ほんとにママが?まや、みえるのか?」
「うん。ママはずっとそこにいるよ。ねぇ、ママ」
 でも、ママはもうなにもいいませんでした。しずかにわらってそこにたって
いました。
 まやがゆびさしたほうをみて、パパはいいました。
「おれもだよ。あたりまえじゃないか。まやもそうだよな」
「なにが?」
「ママのことすきだよな?」
「うん!だいすき!」
 ママは、すうっときえていきました。



「ケーキうまそうだな」
「うん。……パパないてるの?」
「ちがうよ。ヨダレだよ。おなかへったから。パパはくいしんぼうだからね」
「いっしょにたべよう」
 「そのまえに」といって、パパはケーキにろうそくをたてて、ひをつけまし
た。まやは、ふうっとふきけしました。
「まや、たんじょうびおめでとう。」
 パパは、まやのかおをみて、そしてレシピのかみをみました。
 いっしょうけんめいかいていたから、そのとき、まやはなにをかいているの
かわかりませんでした。


『ありがとう あいしてる まや おたんじょうびおめでとう』



(おわり)


★サイトー評

 童話調ですが、悪くないです。全体的な雰囲気がとてもよく、心温まる話だ
と思います。
 ぼくが気になったのは、辻褄の部分です。主人公が文字をある程度書けるよ
うな年齢であれば、レシピと手紙を間違えるのは考えにくいです。それと、直
接伝えるのではなく、あえて手紙にする理由も欲しいと思います。手紙にする
のであれば、お母さんが死ぬ前に、台所のどこかに残してあったという手法が
あるかもしれません。主人公にケーキを作らせることで、自然に手紙が発見さ
せるように仕向けていくなど、いろいろありそうです。
 最後に家族の愛情が手紙に託されて、ほんのりと浮かびあがります。あとは
ラストシーンを活かすために、どう運んでいくのかだと思います。

★ぴこ山ぴこ蔵評

 ショートショートで人情話をやるのは大変です。ブラックなネタやハードな
題材はインパクトも大きいのでついつい使ってしまいがち。刺激的で絶望的な
話は書きやすいわけです。ところが、しみじみ泣かせる話は本当に難しい。総
合的に高い技術が求められます。挑戦しようと言う心がけだけでも立派ですが、
悲しいかな掛け声倒れに終わる方が多いのも事実。予定調和と意外性のギリギ
リのところを見切れないと、どうしても話がべたべたと甘くなってしまうので
す。衝撃が必要なのです。いい作品はピリッとサビが効いていて、しかも読後
感があったかい。藤川さんの作品はそこの微妙なところがよく見えていて、慎
重かつ繊細にハロウィン話が語られていきます。個人的にはもっとたくさん作
ってほしいところですが、夏の陣と秋の陣での2連覇はお見事です。

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